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永石公認会計士事務所
 2003年~2007年の4年間、米国アラスカから南米最南端まで19ヶ国を巡り、帰国後は日本で唯一の「南米がわかる公認会計士」として活動中。
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2005年10月13日

メノニータの街を訪ねて

17134.jpg チャコ地方のほぼ真ん中、首都アスンシオンから北西約500kmのところに、ドイツ系やロシア系の人々の移住地があります。彼らはメノニータと呼ばれ、キリスト教・プロテスタントの一派で、ドイツを追われ、ロシアやカナダなどを経由して、パラグアイのチャコ地方に約80年前に入植しました。

 入植に伴う、当時のパラグアイ政府との契約条件は・・・
         ******************************

 「兵役免除」「言葉の非強制」「自治を認めてもらう」「50年間は納税不要」などです。当時のパラグアイは、大きな戦争で国民のほとんどを亡くしており、労働力が足らない状況だったので、「誰も住みたがらないチャコ地方に住んでくれて、開拓してくれるのなら・・・」と、これらの条件をのんで、メノニータの入植を許可しました。

 そして彼らは、自然条件の厳しいチャコ地方を開拓し、大変な苦労の末、現在では、たくさんの大きな牧場やパラグアイ最大の乳製品工場を持ち、経済的にも大成功を収めています。立派な病院、学校、スーパーなどがあります。ただし、彼らの日常語は今だにドイツ語です。

 ガソリンスタンドの野宿から一夜明けた朝、メノニータの街をこの目で見たいと思い、さらにチャコ地方の奥地に向かって車を走らせました。

 約2時間後、メノニータの最大の街であり、ボケロン県の県庁所在地であるFiladelfia(フィラデルフィア)市に到着しました。街までの道路は完璧に舗装されていて、街も活気があり、経済的に潤っていることが、ひと目でわかりました。

 道路標識や看板は、ほとんどがスペイン語とドイツ語が併記されていました。街角からもドイツ語が聞こえてきます。

 スーパーでも二つの言語が併記されており、また、モノも豊富なようで、首都のアスンシオンでも見たことがない珍しいモノや高価なモノが売られていました。

 また、日本人がとても珍しいみたいで、どこに行ってもジロジロ見られました。まるで中米に帰ってきたみたいです。ただし、中米のように蔑視の視線ではなく、単に物珍しがっているようでした。

写真は、道路標識。右の看板は、上がスペイン語、下がドイツ語で書いてある。
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Posted by 永石公認会計士事務所 at 03:04│Comments(0)国、町、村
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